アジア失明予防の会

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●  ベトナム医療支援のレポート(二本松眼科病院 大槻 勝紀)

2007/5/1~6

 5月1日から6日までアジアの眼科医療支援として、ベトナムに行きました。支援の内容は、日本の眼科医院から善意で集められたメスや眼内レンズなどの眼科手術器具をベトナムへ運ぶことと服部医師とともに手術支援をすることでした。

最初の2日間は、ハノイの国立眼科病院の外来診療と手術を見学しました。網膜硝子体疾患の診療を中心に見学しましたが、外来ではとにかく患者さんが多く、廊下に溢れていたのが印象的でした。そして、ある程度予想していたことですが、失明直前の重症患者が多く見受けられました。国内有数の眼科病院だけあって手術機械は予想より揃っていましたが、重症の網膜硝子体疾患が多い環境の中においては、診断、手術、術後管理など含めて、かなり難しい治療を求められることが多いと思います。厳しい環境で難しい網膜硝子体診療に長年取り組んできた服部医師を中心とする医療チームの情熱には、改めて深く感銘を受けました。

6日までの残り3日間は、ハノイから北西へ凸凹の悪路を車で3時間半かけて地方に行き、白内障手術を執刀しました。初日はベトナム人医師と私で顕微鏡やフェイコマシーンなどの機材の搬入と患者さんの術前診察を行い、後の2日間で服部医師とベトナム人医師2人と私の計4人で3台のフェイコマシーンを使って、約100人の患者さんの手術を行いました。白内障のグレードは核硬度4以上(Emery分類)の難治な患者さんが半数くらい、日本ではほとんど見かけない核硬度5の真っ黒な末期の白内障も何人か含まれていました。

手術環境はなかなか厳しいものでした。顕微鏡はXY(水平移動)とズームのフットスイッチがない簡素なもの。次に電気で止血するジアテルミーがありませんので十分に止血ができません。メスは使い捨てのものを消毒して何度も再利用します。当然何度か使っているうちに切れなくなりますが、本数に限りがあるので、全く切れなくなるまで使わなければなりません。そして、助手とは上手く意志の疎通が図れず、大方、自分一人でこなさなければならない状況でした。今回私は約30人の患者さんを執刀し、結果的には予定していた100人の患者さんをすべて治療することが出来ましたが、終了は帰国時間ぎりぎりで、終わった頃にはへとへとに疲れ切っていました。空港へ向かう車中、行きと同じ悪路で大きく揺れたにも関わらず、到着まで一度も目が覚めることもなく深い眠りについたことを覚えています。

初めての参加で慣れない環境ということもあり、肉体的にはかなり疲労しましたが、帰国後しばらくして振り返ると、とても有意義で貴重な体験であったと感じるようになりました。私たち日本の眼科医療は、環境、機械、技術どれをとっても世界のトップレベルと言って過言ではありません。その私たちの診療の中から、使わなくなった機械やほんの少しの医療資源を持ち出し、何人かの医師が技術を提供することで、その国ではそれまで治すことが困難であった沢山の患者を救うことができます。そして、そんな国が世界にはたくさんあります。実際に参加をして、支援をしたことで得られる達成感、充実感は予想以上に大きいものでした。加えて、発展途上国で病気に苦しむ患者やそこで懸命に働く医師に接しながら、途上国の医療に直に触れることで、医療の根本にある奉仕の気持ちを深めることが出来たように思います。たくさんの良い刺激を受け、得られるものも多いボランティア活動でした。最後に、アジア発展途上国の眼科医療支援の道を切り開き、長年に渡りボランティア活動を継続しておられる服部医師の熱意に心から敬意を表したいと思います。

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